ひとは「誰か」のためにだけ強くなれる
よくみかけるフレーズだけど、
よく理解ができなかった。
「何を言ってるんだろう?」って。
いままで
ずっと、通り過ぎていた。
でも
やっとわかったよ。
ぼくが
いちばん尊敬しているひとが
まさに
それを実践、そして証明していたコトに気が付いてね。
誰かって言うと,
杉原千畝っていうひとなんだけど
みんな
聞いたコトあるかな?
近代の
歴史上の人物で,「ユダヤ難民たちに日本を通過するビザの発行を行い、延べ6000人の命を救った」コトで知られているよ!
※参考までに
杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年〈明治33年〉1月1日 - 1986年〈昭和61年〉7月31日)は、日本の元国家公務員(外交官)。
早稲田大学高等師範部英語(教育学部英語英文学科)科予科中退、日露協会学校特修科修了。
第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くが、ユダヤ人系であった。「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。 カウナス領事館閉鎖後も順調に昇進し、1944年日本政府から勲章を授与される。cf. Wikipedia
彼が
発給したビザは、「命のビザ」とも呼ばれているよ^^#
勇気ある
行動で、6000人の命が救われたってすごくない??
彼は
日本政府の命令に逆らってビザの発行を決断し、ひたすら書き続けたんだ。
タイプライター
なんてない当時、ひたすら手書きで書き続けるしかなかった。
手が
悲鳴を上げ、動かなくなるまで書き続けた。
一カ月余り
寝る間も惜しんで、ビザを書き続けたんだ。
そして
ぼくは思ったんだ。
「どうして彼はそこまで献身的になれたのだろう」
って。
そして
その答えが以下の通りだよ。
これをみて
ぼくは感動しちゃった。
こきゅんこきゅん!(´;ω;`)
それは
もう、人間として見習わなきゃなって思えたよ。
彼のもとに
駆け付けてきた難民なんて、
彼に
とっては「赤の他人」に過ぎない。
だけど、同じ人間なんだ。
彼みたいに
「人間味」のある人になりたいって思えました。
彼みたいに
偉大なコトはできないかもしれないけど、
まずは
「1日にだれかひとりを笑顔にするコト」
これを実践していきたいと思ってる。
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